番外編:文化のちがい、やないやろ。


 遅ればせながら、本日、2000年の12月に全国で同時多発的にあった、「アクトアゲンスト・エイズ」のNHKでの放送をみました。そこでは、大阪の会場のライヴと、東京では武道館・六本木のクラヴ・渋谷オーチャードホール・新宿厚生年金の各会場でのライヴ抜粋が映されてました。

 武道館では、ポルノ・グラフィティとかの割と最近売れている人たちが、自分の歌をへたくそに歌ってました。余裕、全くありませんでした。最後のシングアウトでは、小室哲哉さんが疲れた顔でうつってました。厚生年金でもほぼ同じ。なんでエイズについてのイヴェントで「学生時代」とか歌えるのか、僕にはわかりません。 東京では、クラブでのパフォーマンスと、オーチャードの泉谷と森山良子さんたちがとてもよかったな。それは、真正面からエイズについて捉えている感じがあったから。

 でも、僕はやっぱり、FM802が企画運営をサポートしてる大阪城ホールのものが、ほかのとは全く違う次元で問題提起できてて、ダントツによかったな。ほかのと比べられないです。特に武道館のは、この期に及んでまだ、アーティストのプロモーションへの色気が見えるから、企画やスタッフの意識がはっきりいって大学生以下のレベルでしょう。また、そこに出ている人たちも、なーんにも考えずにっていうか考える余裕もなく自分の曲を必死でやってたので、「こいつらここで何してるんや。」って感じ。すごく貧乏くさいし、ガキくさい。 文化のブも、ない。エイズのエの字も感じなかったのは僕だけでしょうか。

 大阪会場では、一切ドラムなし。アコギ中心のアレンジ。しかも、普段カオをあわせることのない組み合わせでの、「愛について考える」コンサートでした。この、ポリシーが1本通っているところが素晴らしかった。「歌を、愛の歌をみんなで共有したい。僕らに出来ることはそれでしょう」 きっと、このコンサートのプロデューサーはそう思っています。それがわかる構成・進行・演出・出演者<CHAR、松 たか子、佐藤竹善たち>でしたもん。

 注意深く見ていると、選曲にも一貫性が感じられて、とてもよかった。例えば、松たか子キャロル・キングのWILL YOU STILL LOVE ME TOMORROW を、なんとロバータフラックのバージョンで歌いました。このコンサートで聞いたそれは、多分60年代初期にヒットしたPOPソングとしての価値をはるかに上回り、同胞愛とか友愛といったものを感じられた、素晴らしいパフォーマンスでした。また、CHARは12月に・福山雅治という自分よりもキャリアのない相棒を選んで・ジョンのイマジンを歌いました。 自作の曲を歌った人たちも、「今日ここにいることを、ちょっと考えようぜ。」
というスタンスの選曲でした。 こういうことすべてをロックといいます。

 いつかゆっくりまた書きますが、FM802のように、地域のノリ=文化を大切にしてきた、本来のラジオ局が果たすメディア・パワーからのメッセージが、ここにはちゃんと生きていました。 また、観客も、音楽を本来の意味で楽しめる若い人たちみたいでした。こんなのを見てると、日本で一番音楽が生活に近いエリアは、やっぱり関西やな、と思うのです。いや、音楽だけやない。アート全般が、でしょうね。

 もちろん僕は、画一的に、関西がイチバン・トウキョウ2番なんて、全然思いません。ただ、こと音楽文化については、関東のそれは限りなくやせてきているように僕には見えます。かつて、80年代初めまでは、トウキョウ生まれ・トウキョウ育ちのミュージシャンやスタッフが素晴らしく輝いていたことを知ってるので。特にこの場合、イベントを企画運営するスタッフやレコード会社・FMステーションのDでしょうね。ほんと、アッタマ悪い奴がやってるなあ、って、CHARが大阪城ホールでやってるのを見て思いました。

 文化、そのコトバが包みこむ、その地域・国に暮らす人たちの<明日への祈り>を、たまには真剣に考えろよな。
アッタマわるい田舎出身のトウキョウ人くずれサンたち。